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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

台風接近

        ≪八月九日≫    -壱-



  ガラガラと言う音に目を覚ました。


 錨を海底に下ろしているのか、朝5時。


 どうも船は停止しているのかも知れない。


 ラジオから流れてくる情報では、台風が現在石垣島の近くを風速25

キロメートルで西に向かっていると言う。



  朝早いというのに、皆目を覚ましているようだが、眠ったまま

の姿勢で動こうとはしない。


 船の中はさすがに若い人が多く、我々のいるC-1-2のブースには

17名の男女が雑魚寝をしている。



  良く眠れたと言う旅慣れた顔、船酔いで一睡も出来なくて苦悩

で歪んだ顔。


 俺が目を覚ました時、ほんの数十センチ前に若い女性の顔があった。


 女性ばかりの三人グループの一人である。


 薄っぺらな洋服につつまれた腹部が静かに脈打っている。


 軽い寝息をたてているようで、顔には船酔いで苦悩している風には見

えない。


 こういう雑魚寝の状態で、目の前に足があるのと若い女性の顔がある

とのでは、天国と地獄の開きがあるというもの。


 その点、今朝はラッキーな一日が始まったと言って良い。


 こんな些細な事でも嬉しいものだ。



  ひろみと和子は全く元気がなく、今も毛布を頭から被って動こ

うとしない。


 船は完全に動きを止めたようだ。


 早朝のせいか、船内放送も聞こえてこない。



                     *



  6:45、洗面を済ませるためにヨロヨロと立ち上がった。


 洗面を済ませると、早朝のデッキに出た。


 海も空も青く・・・静かに動かず、白い雲だけがゆっくりと流れてい

く。


 船の上にある展望室に登ると、デッキに出た若者達が思い思いに日光

浴を楽しんでいる光景に出くわした。



  遠くを見ると、桜島らしい島影が意外と近くに、朝焼けの中に

姿を現した。


 船は止まったままだが、時間と雲だけはゆったりと流れていく。


台風接近に伴って、急遽鹿児島湾の近くに避難をしていると言う事だっ

た。


 朝靄が取れてくると、家並みが見えるほど船が陸の近くにいると言う

事がわかる。


 太陽は台風が近くにいることなど微塵も見せず、南の夏そのもののよ

うに照り付けてくる。



  台風のおかげで遅れることに対して誰も苛立ちを見せず、デッ

キに集まり日光浴を楽しんでいる。


 船尾では釣り糸をたらしている人たちが数人・・・・これでプールで

もあれば豪華客船なのだが・・・。



                  *



  予定の14:00少し前、船室で錨を巻き上げる音を聞いた。


 ひろみは食事とゲームコーナーへ行くだけに起きて来て、その他は目

を閉じて時々苦しそうに手足を動かし、死んだように横たわっている。


    「眠くなくても、目を開けるのが怖いさ!」


 と、時々沖縄の方言でポツリと言った。


 島育ちとは思えないほど船酔いに弱い”洲鎌ひろみ”只今高校生。



  隣のブースではヒッチハイクの仲間達がトランプをしている。


 彼等とは30分ほど雑談をしただけで、この夜もほとんど二人の横で

眠った。


 船と言うのはどうも苦手で、今もって船酔いを克服できていない。


 和智に言われて”グラン”を一錠口の中に放り込んだ。


 連れの二人にも”グラン”を飲むように渡そうとしたが、毛布を被っ

たまま薬をとろうとしない。



  その後、四時間ごとに目を覚ましたものの眠っているのか起き

ているのかわからない状態が続いた。


 ”ゴー!ゴー!”と言うエンジンの音と波しぶきの音が空腹に響いて

くる。


 そういえば今日、一度も食事らしい食事を取っていないことに気がつ

いた。


 なんとも言えない大変な船中での四十二時間半が過ぎていこうとして

いる。


 初めての太平洋大航海真っ只中。


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